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クローバーの花言葉の復讐の由来、アイヌとキリストの共通点

この記事は4分で読めます


どうも、じゅんぺいです。
クローバーの花言葉の中に、復讐という文字があるのをご存知でしょうか?

「え?四つ葉のクローバーといえば、幸福なんじゃないの?」

とあなたは思うかも知れません。
もちろん、幸福という花言葉もあるんですが、
そこには復讐の意味も実はあるんです。


それは一体なぜなのでしょうか。
それを紐解く上で、僕が調査及び考察を重ねた結果、
ある共通点を見いだす事になりました。


それは、一体どんな事だと思いますか?
それがこの記事のタイトルにした、

『アイヌとキリスト教の共通点』になります。
今回は、クローバーの花言葉の由来となった、


アイヌの伝説、そしてキリスト教の話、


更に時代、民族が全く離れた二つの文化にも関わらず、
なぜ、『復讐』という花言葉が生まれたのかその由来を考えて行きたいと思います。


クローバーの花言葉


ここではクローバーの花言葉の意味についてここでは簡単に書いていきます。

尚、クローバーには、シロツメクサ、アカツメクサがあるので、
これらを踏まえた上での花言葉になります。


クローバー 花言葉 三つ葉

クローバーの三つ葉の花言葉は、

・約束
・私を思い出して
・復讐


クローバー

クローバーの花言葉 四葉


・私のものになって
・幸運
・復讐



クローバーの花言葉に復讐がなぜあるのか

クローバーの花言葉になぜ『復讐』があるのでしょうか。
ここでは二つのある由来をお話ししたいと思います。

その二つとは、アイヌの伝説と、キリスト教からの由来です。


クローバーの花言葉、アイヌ伝説の由来

アイヌ人の娘のイロハと青年アッパはお互いに愛し合っていました。でも、二人はいつでも会えるという訳ではありませんでした。

その理由は、イロハの民族と、アッパの民族は対立関係でいざこざが頻繁にあり、簡単には会えなかったのです。
でも、そんな二人には、1つだけ約束がありました。


雪解け後の暖かい日差し、シロツメクサが満開に咲き乱れる頃、1年に1度の満月の夜に、二人は落ち合う事に決めていたのです。


その満月の夜が来た時、イロハもアッパも考えていることは同じでした。
「今日ついに会える・・・。」


アッパは、数ヶ月前から丁寧に準備していた舟を用意し、イロハの民族の住む集落のある湖の対岸に向けて出発しました。


少し風の強い日でしたが、心配はありませんでした。

アッパ「大丈夫だ。風は多少強いけれど数時間の辛抱だ。そうしたらイロハに会える・・・。」


イロハは約束の場所で、アッパの姿を探しました。
イロハ「あ・・・。」


月明かりに照らされ、まだかなり遠いですが、
舟に乗る人影があります。
きっとアッパだ!



まだ大分遠いですが、近づきつつあるアッパの姿に心をときめかせました。



ところが、北風は時に本当に酷いことをします。
突然の突風に煽られ、アッパの舟が沈んでしまいました。



なんとか向こう岸に、イロハの元にたどり着こうと、アッパは懸命に泳ぎます。
でも、春先のまだまだ水の冷たい季節。


アッパの身体はどんどん冷たくなり、動かなくなって行きます。

「(イロハ・・・。)」

アッパはイロハのところへ行けずに、力尽き、あと一歩の所で沈んでしまいました。

アッパは前日摘んだ沢山のシロツメクサをイロハに渡したかった。
せめて、花だけでも・・・。


イロハは遠くからアッパの姿を見ますが、どうする事も出来ません。
月明かりがあるとはいえ、今は真夜中。


湖を探しても、アッパの姿はありませんでした。


明け方になって見つけたのは、アッパの亡骸。


イロハ「アッパ、どうして・・・。」


イロハは悲しみに打ちひしがれながら、
アッパの冷たくなった身体に自分の身体を結びつけ、
一緒に湖に沈んでいったのです。


なぜ、北風はアッパをこんな目に合わせたのか、
なぜ、私たちは民族同士で敵対しなくてはならないのか?
なぜ、私はこんなにも未熟でアッパの事を思ってあげられなかったのか。




そんな事を思いながら・・・。
そして、この地は、クローバー(シロツメクサ)の花で満開になっていたそうです。


このアイヌの伝説は、色々な解釈ができると思います。


二人の間の約束に関して、
忘れない様に私を思い出してね。
でも、それが叶わなかった。


自然の脅威、人間同士の醜い争い、
自分の不甲斐なさ、相手への期待感からの
復讐と受け取る事もできるし、


最終的には、アッパはイロハのモノになり、一緒に湖に沈んでいく姿は、
死が二人を幸運に導いて行ったとも取れるし、
また、憎しみに満ちて死んで行ったともとれますよね。


二人の死は、僕たちの解釈次第でどの様にも捉えられる。
そう言った事をクローバーの花言葉は教えてくれているのではないでしょうか。



クローバーの花言葉、キリスト教の由来

キリスト教とクローバーの関係性については、アイルランドでの布教活動が由来していると言われています。


アイルランドでは、元々クローバーが親しまれており、
三つ葉(シャムロック)は古代ケトルのお守りとして親しまれていました。
そこに目をつけた守護聖人の聖パトリックが、


三つ葉(シャムロック)はキリスト教の三位一体の象徴、
四葉はキリストの掛けられた十字架になぞらえて布教しました。



キリスト教の三位一体とは、
・父(一神教の神)
・子(イエスキリスト、救世主)
・精霊(上記を繋ぐエネルギー)


それぞれが関わり合う事で、三位一体となって神を構成するといつ考え方で、

一つひとつをクローバーの葉として、認識させました。


四葉については、十字架の四方向をクローバーと考えたんですね。
そう言った意味で、幸福と定義されましたが、
十字架の裏の側面は、磔(はりつけ)の刑です。


十字架の刑は人々の前で公開処刑するものですから、
当然ながら、人々のネガティブな思考、復讐心と関わりを持つ事になります。


そう言った意味で、
四葉のクローバーは、幸福と復讐が同居するという、不思議な花言葉になりました。


アイヌ伝説とキリスト教の共通点

ここまで聞いた方ならもうお分かりだと思います。
アイヌ伝説も、キリスト教も花言葉の終着地点は同じところに到達しています。


それが、クローバーの花言葉は、
幸福と復讐の両面を持つ、という事です。
時代も場所も、民族も全く異なるのにも関わらず、
最終的な結論は同じ結果となりました。


これは、偶然とはとても思えないとぼくは思っています。
かの有名な心理学者のユングが提唱する、『集合的無意識』
というものがありますが、


この集合的無意識とは、全く異なる人類同士であっても、人々は無意識でつながっており、
意識は伝達するという風に捉えました。


今回の花言葉は、これに即した興味深い事例なんじゃないかと思います。
これは、もちろん、集合的無意識の視点から見たときにこの様に解釈できるのであって、


物事は常に二つの側面を持つとい視点から考えても説明はできますよね。

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僕が思うのは、
物事は常に自分だけの視点ではなく、
自分以外の視点から見ることで新しい視点が生まれ、
そこから僕たちの想像だにしない視点を手に入れることができるな、と感じます。


生と死は、対極にあり、
生は良いもの、死は悪いものと捉えられがちですが、
例えばイエス・キリストの死は人類にとって、


良い影響を及ぼしたのでしょうか?
それとも
悪い影響を及ぼしたのでしょうか?




解釈は色々あるでしょうが、
大事なのは両方の価値観を認識し、そこから何を学べるかを考える事だと思います。


哲学的な話になりましたが、
クローバーの花言葉、こういった意味でもう一度考えてみると面白いかもしれませんね。


最後にもう一度、クローバーの花言葉について記載して、
本記事を終えたいと思います。
ありがとうございました。


三つ葉
・約束
・私を思い出して
・復讐

四葉
・私のものになって
・幸運
・復讐


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